北方シネマ

(*)上映回によって時間や場所が変更することもあります。毎回の案内をご確認ください
学内駐車場は使えません。お越しの際は公共交通機関をご利用下さい
北九州市小倉南区北方4-2-1
北九州市立大学 北方シネマ(竹川研究室)
【電話】080-6458-1184 (水曜を除く平日 11:00-17:00 応対)
【email】kitagata.cinema@gmail.com
【料金】前売予約1000円・当日1200円・シニア/障害者1000円・大学生/高校生500円(資料代)・中学生以下無料

2017年10月6日金曜日

006『スケッチ・オブ・ミャーク』(大西功一監督)

魂が激しく揺さぶられる時、古代の響きが鮮やかに蘇る


予告編


 沖縄県宮古諸島。ここに沖縄民謡と異なる知られざる唄がある。それは、厳しい島での暮らしや神への信仰などから生まれた「アーグ」と「神歌」だ。その唄は宮古諸島に点在する集落の中でひっそりと歌い継がれてきた。特に御嶽での神事で歌われる「神歌」は、やむことのない畏敬の念をもって、数世紀に渡り口承で熱心に伝えられたものである。

 ことは音楽家の久保田麻琴が、島でそれら貴重な唄に出会ったことに始まる。本作は、その唄を生んだ人々の暮らしを追うなかで、失われようとしている根源的な自然への怖れと生きることへの希望を見出したドキュメンタリーだ。監督の大西功一は、秘められた島の神事を追い、生活と信仰と唄がひとつだった時代を記憶する最後の世代である老人達を温かく見守りながら、かつての島の暮らしをスクリーンに鮮やかに浮かび上がらせた。



歌うことは、神とひとつになること
生きる願いは声となり、神へ届く
魂のありか、「ミャーク(宮古島)」への旅





老婆たちが神唄を歌う時、

不思議な懐かしさがすべての人々の心を打つ




 ミャークには、今まさに失われようとしている大切な「記憶」がある。老婆達は語る。かつて厳しい生活と信仰と唄が切っても切り離せないひとつの時代があったことを。そして今も老婆達の心を映すかのように、この島の御嶽では、神事の火が数百年に渡り人から人へと受け継がれ、神女達が生きる願いとともに「神歌」を神に捧げている・・・。2009年、九十歳を超えた車椅子の老婆達が島を出て東京へと渡る。コンサートホールの舞台に立ち、禁断の神歌を歌うために。満場の観客を前に彼女らは力を振り絞り、歌う…。ミャークの老婆達が歌い継ぐ神歌に触れられた貴重な機会は、おそらくこれが最初で最後となるであろう…




  • わたしはミャークの老人たちが羨ましい。
  • 小さくてもこんなに完全で幸せな世界を持っているのだ。
  • (ライ・クーダー 音楽家)



【沖縄県宮古島とは?】
 東京から南西に2040km、沖縄本島から南西に310km、台北から380kmのところに位置する人口およそ5万5千人の島。霊場である御嶽での神事は、島外の者には容易く触れることのできない神聖な行いとされてきた。また、薩摩支配下の琉球王府によって1637年から1903年まで課せられた「人頭税」のため、人々は塗炭の苦しみを 味わったとされる。

【出演者プロフィール】
映画に出演されたおじい、おばあのプロフィールはこちらからチェックできます。


公式サイトより

北方シネマでは10月6日(金)18:00開場、18:30開演!

★ゲストトーク有り★

予約はこちらから


『スケッチ・オブ・ミャーク』公式ウェブサイト:http://sketchesofmyahk.com/
Twitter:https://twitter.com/myahk77
Facebook:https://ja-jp.facebook.com/MYAHK77/

配給:太秦株式会社
後援:沖縄県・宮古島市・宮古島市教育委員会・エフエム沖縄・沖縄タイムス社
沖縄テレビ放送・ 宮古新報 ・宮古テレビ・宮古毎日新聞社・ラジオ沖縄・琉球朝日放送
琉球新報社・琉球放送
特別協賛:特定非営利活動法人 美ぎ島宮古島・日本トランスオーシャン航空株式会社・有限会社宮古ビル管理(順不同)
宣伝協力:鎌田雄介・天久雅人・穐場慶吾・サラーム海上 
 
2011年/日本/カラー/HD/ステレオ/104分
© Koichi Onishi 2011

2017年9月30日土曜日

『スケッチ・オブ・ミャーク』ゲストトークのお知らせ

ゲストトークテーマ:「文化の脱文脈化と芸術」


今回のゲストトークには、北方シネマ運営委員の竹川大介・神原ゆうこに加え、久留米大学の神本 秀爾(かみもと しゅうじ)さんをお迎えしてお送りします。
神本さんの専門分野は文化人類学・宗教研究・ポピュラー音楽研究。ジャマイカのレゲエを研究テーマに、民俗音楽の商品化などについても研究をされています。

ゲスト:久留米大学 神本秀爾さん
(宗教・ポピュラー音楽研究)


南洋のゴーギャンや浮世絵を模写したゴッホ、アフリカ彫刻の影響を受けたピカソやマチスなどなど、西洋アートの正解では民族芸術がもともともっていた文脈をはずし、アート作品化されるという現象がいたるところで起きています。

例えば、もともと宗教儀礼であった舞踏をケチャというかたちで作品化し、それを芸能山城組が日本で上演するのと同じプロセスを、映画監督である大西功一や久保田麻琴は宮古島の芸能を題材に実現したいと考えているのかもしれません。

『スケッチ・オブ・ミャーク』を通して、観光や商品化や芸術の世界で、いかにアートが意味から記号へ変わるのか。いかに文化が変容され消費されていくか、ということについて3人で語ってみたいと思います。

お楽しみに!


神本さんの簡単なプロフィールはこちらからご覧いただけます。
久留米大学HP 文学部国際文化学科


2017年9月1日金曜日

005『記憶の中のシベリア 祖父の思い出、ソウルからの手紙』

孫の世代が見つめた

シベリア抑留にまつわる2つの記憶

!九州初上陸作品!



『祖父の日記帳と私のビデオノート』(2013年)



私の祖父にはシベリア抑留の経験があった
戦争で、祖父は人を殺めたことがあるのだろうか
祖父の日記帳が、写真よりも映像よりも祖父に似ているような気がした
最後まで百姓として生きた祖父と戦争の記憶




百姓だった祖父が話すことはいつも決まっていた。天気と畑仕事のこと、そして戦時中にいた中国やシベリアのこと。

2000年、私は家から離れた大学で映像を学び始め、祖父と会うのは年に数回になった。私は祖父が戦争に行った年齢と同じ20代になり、当時祖父がどんな思いで生きていたのかに興味を持つようになった。何より、感情的な話をしない祖父は、私にとって家族の中で最も謎めいた人であった。

2004年から私は帰省する度にビデオカメラで祖父を撮影し、祖父は農作業の合間に当時のいろいろな話をしてくれた。しかしその話は断片的で、依然として私は祖父と心の距離を縮められないのを感じていた。

2010年に祖父は認知症により以前のように会話を交わすことが出来なくなり、その2年後に祖父は亡くなった。私は祖父の写真や日記、そして自分の撮った映像の断片を用いて私の知る祖父の姿を形作りたいと思った。(久保田桂子監督の言葉)


『海へ 朴さんの手紙』(2016年)




ソウルに暮らす韓国人の朴さんは、シベリア抑留を経験した日本兵だった
日本軍で一緒だった親友 山根さんへ送った手紙は、届くことがなかった

『お元気ですか
 私、朝鮮人 朴道興です。
 山根秋夫さんが、見たくて見たくてたまらないです。
 もしこの手紙を見たら、すぐ、便りを頼みます。』




この作品は、シベリア抑留を経験した元日本兵の朴さんが戦友・山根さんへ宛てて書いた手紙についての物語です。

私はシベリア抑留を経験した祖父を持ち、2013年に祖父についてのドキュメンタリーを制作しました。その中で、2004年より自分の祖父をはじめとする、日本、韓国のシベリア抑留者の体験談の聞き取りを行っており、2005年に韓国へ取材に行きました。そこでシベリア抑留を経験した7人の元日本兵の方々にお話を伺いましたが、その中に朴道興さんがいました。他の人が植民地時代や軍隊での苦労や日本への憎しみを語る中、朴さんは始終日本軍時代に出会った日本人の友人・山根のことを語り、「今も彼を思い出すと眠れない時がある」と目に涙を浮かべました。私は帰国後シベリアの抑留者名簿で山根さんを探しました。しかし彼の名前はなく、朴さんから聞いた彼の住所も存在しませんでした。

その後も朴さんと手紙のやりとりは続きました。朴さんは1997年頃、山根さんに宛てて沢山の手紙を送ったことを教えてくれました。その手紙はどれも住所が不明瞭なため届きませんでした。私はその手紙を一通預かり、そこに書かれた地名をたよりにふたりの足跡を辿りながら山根さんの手がかりを探しました。

私が朴さんと出会ってから2年後、ついに山根さんの消息を知ることが叶いましたが、彼はすでに亡くなっていました。私は山根さんの命日に、彼の妻である山根みすえさんに会うために広島へ向かいました。みすえさんはかつて夫にあてて書いたラブレターのことを話してくれました。

この作品は、手紙についての物語です。私はふたりの人と出会い、彼らは私に今は亡き大切な人への手紙を読んでくれました。旅の途中、船の上で「行くあてのない手紙や、そこに込められた想いはどこへ行くんだろう」とよく考えていました。

この作品が、彼らの想いを満たす器になればいいと思います。作品を作り終えた今、そうした時、風景の中に彼らの存在を感じます。朴さんやみすえさんは、こんな風に日々山根さんと再会し、ずっと一緒に生きてきたのだろうと思ったのです。


珠玉のドキュメンタリー映画2作品を一挙上映




予告編はこちらです




誰もが持っている、心にしまっておきたい想い出
その扉を少しだけ開けてみたかった




「シベリア抑留」ってなに?こちらに簡単な解説が載っています。




『祖父の日記帳と私のビデオノート』
監督・撮影・編集:久保田桂子
出演:久保田直人
2013/日本/デジタル/40分

『海へ 朴さんの手紙』
監督・撮影・編集:久保田桂子
出演:朴道興(パク ドフン)山根みすえ 山根秋夫(写真)
2016/日本/デジタル/70分
記憶の中のシベリア 公式サイト:http://siberia-memory.net/index.html

姉妹館の東田シネマでは、3日間の上映です。
久保田桂子監督来場予定
08/25(金) 10:30/13:00/15:30/18:0008/26(土) 10:30/13:00/15:30/18:0008/27(日) 10:30/13:00/15:30/18:00
お問い合わせはこちらからどうぞ。


 久保田監督の書籍、8月より発売!




シベリア抑留体験者を取材したドキュメンタリー作品『祖父の日記帳と私のビデオノート』(2013年)、『海へ 朴さんの手紙』(2016年)を制作した久保田桂子監督が、10年以上にわたった取材の旅を綴った書籍がこのたび発売されました。

北方シネマでは物販にて販売する予定ですが、すぐに手元に欲しいという方は、以下のURLより詳細をご覧ください。

東洋書店新社「記憶の中のシベリア」:http://toyoshoten.com/books/495


さらには、新聞掲載も




東京新聞の地方版での掲載ですが、久保田桂子監督のインタビューが掲載されています。(2016年11月24日 東京新聞)
*画像はクリックすることで拡大できます。

東田シネマ・北方シネマでの上映をお楽しみに!

2017年8月7日月曜日

北方シネマ004 記録映画『まなぶ 通信制中学 60年の空白を越えて』上映しました

  


北方シネマ004『まなぶ 通信制中学 60年の空白を越えて』の上映が終了しました。
足を運んでくださった皆さま、ありがとうございました。




本作は、戦後の混乱期、義務教育を受けられなかった高齢者たちが、人生の終盤に近づいた今、通信制の中学に通い「まなぶ」様子を5年間追ったドキュメンタリーです。

記録映画『まなぶ』HP:http://www.film-manabu.com/


学校に通えなかった理由はそれぞれあります。
戦争で大黒柱の父を亡くし、働かざるをえなかった人。戦時下、空襲で焼け出され、満足な教育が受けられなかった人。映画では、6人の生徒の背景と、今の生活にも寄り添います。妻や夫の介護や、自身の病気を乗り越え、最後まで学び通す。中学で学んだ基礎を元に高校進学を目指す生徒いました。

高度経済成長に向かう日本社会の片隅には、貧困のため中学校に通えず、働いていた子どもたちがいたのです。しかし、こういった話が過去のものであるわけではありません。時代が変わっても、今も、様々な理由で定時制や、通信制、夜間中学に通う人はいるのです。


「昔あった話」ではなく、「今につながる」話



ゲストトーク

北九州市で「青春学校」「穴生・中学校夜間学級」の開設に携わった柳井美枝さん

基礎教育保障学会の添田祥史さん(福岡大学)



今回の上映では、運営の事情により太田直子監督をお呼びすることができませんでした。
しかし、当日は北九州で「青春学校」「穴生・中学校夜間学級」の開設に携わった柳井美枝(金美子)さんと、自身も大学生の頃から同テーマに関心をもち、研究をしてこられた添田祥史さん(基礎教育保障学会・福岡大学)をお迎えしてゲストトークを行いました。進行は柳井さんと共に夜間学級に関わってこられた本学の稲月正先生です。




「学ぶことに目標をもっている人の美しさを改めて実感しました」
(柳井さん)




現在、日本で義務教育を受けていないとされる人々の人数はどのくらいになるのでしょうか。添田さんが会場に投げかけます。未就学者数(小学校に通っていない人)は12万8000人。中学校まで含めると、100万と数十万人になるそうです。

では、私たちが住む北九州では、そういった人に対してどのような支援が行われているのでしょうか。市内の夜間学級、通信制中学などの話を耳にしたことがありますか。

なんと、北九州市には公立の夜間中学はないそうです。市の補助金によって唯一運営されているのが、穴生・中学校夜間学級と城南中学・夜間学級の二つです。

義務教育からの排除ではなく、異なる背景を抱えた人々を包み込む場であること。
今の日本や北九州の現状も交えながら、自信の経験と照らし合わせながら行われたゲストトークはとても充実した楽しい時間となりました。


「まなぶ」とは


「自分らしく生きるための方法を見つけること」(柳井さん)
「取り戻す、こと。自信や、誇り、社会自体もそうだし、社会からの信頼も」(添田さん)



会場からの感想を交えながらゲストトークは進みます。
自身も年を重ねてから定時制中学で学んだ方。通信制で中学、高校を卒業し、大学まで出られた方。学ぶことの意義は何なのか。

映画の中のシーンにもありましたし、実際に自分たちの目にしてきた人たちも言います。

「学校に行けなかったり、字が書けないといったマイノリティの人が、学校に通うことでとても明るくなる。同じような境遇の級友を得ることで、これまで隠してきたことを包み隠さず話すことができるようになる。」

学校とは、「何を学ぶか」と同時に「誰と学ぶか」も忘れてはいけない要素です。
映画とゲストトークを通して、「おべんきょう」以外の触れあいの大切さにも改めて気づかされました。




次回の北方シネマもお楽しみに!


北方シネマ005 『記憶の中のシベリア』 9月1日(金)18:00から

監督:久保田桂子
「祖父の日記帳と私のビデオノート」(2013年)
「海へ 朴さんの手紙」(2016年) 合計110分
公式HP:http://siberia-memory.net/



北方シネマ006 『スケッチ・オブ・ミャーク』 10月6日(金)18:00から

監督:大西功一
2011年、104分。



予約はこちらから:https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSfcK8CWAr6YxWlGEf1k0D6BWj9G8b2AoCBcBBwtgNaxBILpvA/viewform

2017年8月4日金曜日

004 記録映画『まなぶ 通信制中学60年の空白を越えて』


学ぶこと 教育を受けることの尊さを

こんなに感じたのは 初めてでした

(50代男性)


戦後をひたむきに生きた人たちが、人生の終盤につかんだ青春

 東京都千代田区立神田一橋中学校通信教育課程。大都会の片隅に戦後の混乱期、義務教育を受けられなかった高齢者たちが、青春を取り戻しに来る学び舎がある。人生の終盤を迎えてなお、人はなぜ学ぼうとするのか。その意味を探して、5年の歳月を追った。


北方シネマ004は、記録映画『まなぶ 通信制中学・60年の空白を越えて』です。

【上映日】 8月4日(金)18時から
【場所】  北九州市立大学 本館A-101

予約一般1000円/当日一般1200円
大学・高校生500円/シニア(60歳以上)・障害者1000円
【ご予約】
電話  080-6458-1184 (水曜を除く平日11時〜17時応対)


■あらすじ■

 映画の舞台は東京都千代田区立神田一橋中学校通信教育課程。毎月2回の休日、戦後、中学校で義務教育を受けられなかった高齢の生徒たちが、面接授業に通ってくる。 60年ぶりの学校生活にとまどいながらも、学ぶ喜びにみちた表情の生徒たち。 教えるのは生徒の子や孫の年齢の先生たちだが、生徒たちの人生経験を踏まえた、あたたかいまなざしにみちた授業が展開される。 休み時間には、まるで十代の少女に戻ったかのように互いの家庭の事情を語りあい、笑いあう。 そんな学校生活の日常に2009年から2014年までの5年間カメラを向けたのが、この作品である。

 学校にたどりついた背景は一人一人それぞれ異なる。映画は6人の生徒の背景にもよりそう。 戦争で大黒柱の父を亡くし、働かざるをえなかった人、戦時下、空襲で焼け出され、満足な教育が受けられなかった人。 戦争は子どもたちから教育という大切な宝を奪った。 そして、高度経済成長に向かう日本社会の片隅にも、貧困のため中学校に通えず、働いていた子どもたちがいた。 自ら選択できなかった人生の終盤に、ようやくたどりついた学び舎。 先生がいて、同級生がいて、学びの前に生徒たちは青春時代に帰る。 夫や妻の介護、自身の病気を乗り越え、中学で学んだ基礎をもとに高校進学をめざす生徒も現れる。


予告編



 
公式サイト:まなぶ 通信制中学 60年の空白を越えて
まなぶ 通信制中学 60年の空白を越えて
2016年/カラー/BD/92分/日本/ドキュメンタリー
撮影・監督・語り:大田直子
プロデューサー:田野稔
製作著作:グループ現代(http://g-gendai.co.jp/)
助成:文化庁文化芸術振興費補助金

2017年7月25日火曜日

お知らせ

当方の事情によりこのたび北方シネマに太田監督をお呼びすることができなくなりました。太田監督のご来場を楽しみにしておられた皆様、申し訳ございません。


北方シネマ004 まなぶ 通信制中学 60年の空白を越えて


上映作品のご案内のチラシにて、8月4日(金)の北方シネマ上映に「まなぶ」の監督である太田直子さんが来場予定であるとご案内しておりました。

しかし、当方の事情によりこのたび太田監督をお呼びすることができなくなりました。
太田監督のご来場を楽しみにしておられた皆様、申し訳ございません。

予定ゲスト:柳井美枝さん、添田祥史さん


現在、ゲストは北九州市で「青春学校」「穴生・中学校夜間学級」の開設・運営に携わった柳井美枝(金美子)さんと、JASBEL 基礎教育保障会・福岡大学所属の添田祥史さんを予定しています。どうぞお楽しみに!

JASBEL 基礎教育保障会:http://jasbel.org/about

2017年7月15日土曜日

公開講座「ドキュメンタリー映画を楽しもう」が開かれました


 北方シネマスタート記念として行われている北九州市立大学の公開講座、「ドキュメンタリー映画を楽しもう」第2回、第3回が行われました。この講座は全5回で、7月の毎週土曜に開催されています。第2回は7月8日、第3回は本日15日でした。

 第2回は、ドキュメンタリー映画を「つくる、撮る」立場である映画監督の講演として、女性映画監督の纐纈(はなぶさ) あやさんをお招きしました。纐纈さんが映画を撮るようになったきっかけから、撮影する現場にどのように入っていくのか、またそこでの人との関係の作り方など、普段なかなか聞くことのできないお話を聞くことができました。受講生の方も、話を聞いていた本校の学生も、聞いていて「自分も何かしたい」とワクワクするようなお話ではなかったでしょうか。



第2回 特別講演「ドキュメンタリー映画の中の私」
(講師 映画監督・纐纈 あやさん)






 また、本日行われた第3回の講義は、映画プロデューサーの川井田さんと小倉昭和館の館主である樋口さんの対談がメインに行われ、映画を「うみだす」立場と、その生み出された作品を人々に提供する最後の役である「みせる」立場のお二人の話を伺いました。



第3回 対談「映画をうみだす・映画をみせる」
(映画プロデューサー・川井田博幸さん、小倉昭和館館主・樋口智巳さん)


 樋口さんのお話は小倉昭和館の歴史から始まり、現在北九州における映画を取り巻く環境のお話、以前から行なっていた年に1度のドキュメンタリー特集や新しく始めたシネマカフェ、休館日の取り組みについてなど、「映画をみる」人に、どのようなことを思い「映画をみせて」いるのかという熱い気持ちが語られました。

 一方、グループ現代に所属しておられる映画プロデューサーの川井田さんは、ドキュメンタリー映画の起源やドキュメンタリーの歴史を作り始めた方々の名前をあげられ、どのようにして日本でドキュメンタリー映画が生まれていったのかについて話してくださいました。

 講座の終わりの方では、受講生の質問を受けながらお二人が意見を述べられる、会場が一体になって議論ができる場になりました。
 樋口さんの対談での発言を元に、「お客さんの入りが少なくても、作品の手応えを感じたというのはどのようなところからか」といった質問や、「福岡には映画祭(アジアフォーカス・福岡国際映画祭)があるのに北九州にはなぜそういったものがないのか」「アジアといっても中国・韓国以外の西アジア、中央アジア、東南アジアといった地域の作品にも目を向けるべきではないのか」「これから映画をみる、つくることに関わっていきたい若い人に期待することは何か」などなど、受講生からは多くの熱心な質問が投げかけられました。


次回のゲストは映像作家の上田謙太郎さん(代表作品『調律師とピアニスト』)


次回、7月22日の公開講座では、映像作家の上田謙太郎さんをお呼びします。講演タイトルは「映像を作ろう」。講演後には特別に、学生10名限定で、実際に映像をつくるワークショップを開いてくださることになりました。北九州市立大学の学生であれば無料で参加できます。ぜひご参加ください。